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メスの天使は少ない。
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親しみやすく愛らしい形態からか、日本でも森永製菓のエンゼルマークなどで充分定着している。が、このイメージ、もとはキリスト教世界のものである。聖書に は「主の使い」というキャラクターが無数に出てくるので、この感触には一応の根拠がある。しかしもう一歩踏み込んで考えてみると、キリスト教以前から天使 はいる。たとえば、紀元前のギリシア時代から幼児形の天使の絵があるはずだ。 ちょっと調べると、イスラム教、ユダヤ教、ゾロアスター教など、一神教系統の発想法には天使がつきものだということが分かった。神様が一人しかいない場合、部下 をたくさん使わなければ、神様としての仕事ができないということなのかもしれない。古いものでは、人間ではなく、動物に羽の生えた形の天使や、二対も三対 もの翼をつけた形のもいるらしい。こうなってくると、かなり不気味である。 天使の世界には官僚的ランク付けがある。格の上下だけでなく、落第もある。落第した天使が堕天使、つまり悪魔である。悪魔は人間を誘惑するのが仕事だ。イブに知恵の実を食べさせた蛇も悪魔である。悪魔という概念も、一神教世界に広く存在している。 ここまでが伝統的な天使の話。 1987年にヴィム・ヴェンダースが映画「ベルリン・天使の詩」を発表してからというもの、白い翼も頭の輪っかもない変な天使が横行するようになった。この映画の 中の天使たちは、なにもせずに複雑な表情で人間の周りをうろうろするだけだった。そしてビルの屋上や橋の上に座って、ぼんやりと人間界をながめて思考する のである。この天使たちは、神様より人間に強い興味を持っているのだ。似たタイプの天使をその後数カ所で見ている。 これが何かキリスト教社会の質的変化による大きなトレンドなのかどうかは、考えると際限なく面白いのだが、私の手にあまるのでここには書かない。 |
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