036 バケモノ貿易

アメリカの見世物小屋に関する本を眺めていたら、人魚のミイラの絵が目につきました。1830年代に、A sketch of the "Sea Nymph" exhibited during the 1830s at St. Bartholomew Fairアメリカで展示されていた人魚だということです。ガラスケースの中に入って、驚いたようなポーズ。小さな画像ですが、スキャンしたものをお見せします。チラシか何かに使われた絵でしょうか。

人魚のミイラは、こうやって絵で形だけ見ても十分注目に値する不思議な物体ですが、私はこれとそっくりなものの現物を、日本で見たことがあります。2000年、朝日新聞社企画主催の「大妖怪展」。和歌山県のお寺から特別に借り出してきた、というミイラ。滋賀県の蒲生川で千数百年前に捕獲されて…という由来とともに、大切に保管されてきたものです。幸いカタログを買ってありましたので、そこから写真をスキャンしました。下のカラー画像が、それです。

日本とアメリカに、よく似た人魚のミイラ。さて、これはどういうことでしょうか。

<仮説1> 人魚は世界的に分布していて、死ぬと彼らは決まってこういうびっくりミイラの形に乾くのである。

そんなバカな〜! ありえない〜!

<仮説2> 人魚のミイラを作るのを得意としている人が、180年前、どこかの国にいて、作品が国際的に取引されていたのである。

後者が本当だと思いますが、これってすごくないですか。日本はまだ江戸時代末期の、国際電話もできず、飛行機も飛んでなくて、海外旅行はおろか、国内旅行だって簡単にはできなかった時代、国際貿易は、こんなものを扱っていた。人魚のミイラですぜ。この時代にそんなものが世界市場で流通していたなんて、歴史の時間に習った覚えがない。

経路を想像します。制作したのは、どこかの国の、変人かもしれないけど、まじめな人ですね。死体を扱って、こんな作品を作るのは、材料の防腐処理のことだけを考えたって簡単ではないはずで、まじめな性質でなければ、こう見事なものはできないでしょう。それを見出して外国に売ろうと思った人がいます。プロデューサーです。それを買って、船に乗せた商人がいる。利益が出るな、と思ったわけです。港へ入ってきたそれを見て、あ、これイケる、と思った人がいる。プロモーターです。日本ではお寺におさまっちゃいましたが、見世物小屋へ行く経路だってあったはず。全員が、生きてる人魚の姿を想像して、この目の前の「干物」に魅了されてなかったら、こうはいきません。

人間って、たぶん、こういう不思議なものが、本当に好きなのです。異国のスパイスや色とりどりの陶磁器や美しく染め出された布と同じくらい。

いい話だ…。

2007年2月


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