019 ウルトラの神々
ずっと前にゴジラは日本の伝統的な水のヌシと同じである、と書いたことがあって、それは今でもそう思っています。
今日、ふと思いつきました。ウルトラマンは、日本の神様と同じです。短い間だけどこかから来る。世界に明るさをもたらす。またすぐどこかへ行ってしまう。
最初のウルトラマンでいえばハヤタ隊員のベータカプセル。ウルトラセブンならモロボシ隊員のウルトラアイ。あれ、よりしろだと考えられます。体の色も紅白(銀ですが)ですから、ウルトラファミリーがぞろりと並んだ図は、この上なくめでたいです。
とりあえず怪獣を一匹倒したら去る。つまり、根本原因についての考察はしない。行き当たりばったりです。この計画性のなさがまた、なんだか日本の神様っぽいです。
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一神教世界でうまれたスーパーヒーローの多くが、宿敵を相手に永遠の戦いを繰り広げるのに対して、ウルトラの発想は一回こっきりです。宇宙のどこかに、地球へ毎週怪獣を送り込んで世界征服をたくらむ究極の悪玉がいるのかもしれない、とは考えない。ウルトラシリーズは、とりあえず今年の台風をやりすごせば来年はオッケーだろう、みたいな哲学で動いているのです。
日本の神様は、世界を作るときも、どろんこをかき回していたら色々わいてきちゃいました、みたいないい加減な態度だったのはご存知のとおりです。一方、一神教のキリスト教の神様は、「光あれ」とかいって、かなりドラマチック、システマチックに取り組み、それがなかなかカッコイイのですが。
日本人のオバカな体質って、歴史と伝統に基づいたものなんですね。そして、新しいと思われるものにもしっかり引き継がれているんですね。
いや、だからどうだ、っていうわけじゃありません。私もまぎれもない日本人ですし。
また。
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