015 送り狼

「もう暗いから送っていきましょう。大丈夫ですよ、送り狼にはなりません」

このテのせりふは実によく聞くものですが、注意が必要です。民話にある送り狼の話を読むと、送り狼というのは、帰り道の途中で誰かが豹変して襲ってくる、という性質の化け物ではないからです。

山道を一人で歩いていると、何かが後ろをつけてきます。うなり声が聞こえたり、荒い息遣いが聞こえたりします。ピカッと光る目の玉がふたつ、並んでいるのが見えます。狼、または山犬と呼ばれる危ない獣です。襲われると食べられてしまいます。しかし、こいつは無闇に襲ってくるわけではなく、転ばなければ大丈夫、というルールがあります。そこで、足元に注意しながら、早足で里まで戻ります。すると、狼はがっかりして帰るのですが、そのとき「送ってくれてありがとう」と礼をいい、塩か小豆飯を与えるとよい、とされています。

…つまり、「送っていきましょう」と言われた時点で、もう狼は出ているわけです。これは、かなりスルドク真実をついています。身に覚えのある人、多いのでは。

私が気に入らないのは、狼が襲うきっかけを作るのは、歩いている人が転ぶことである、っていう点です。化け物の行動についてこういう難癖をつけても仕方ないとは思いながら一応言ってみますが、転んだら食っていい、という考えは、大変野蛮です。そのうえ、食われた責任を、被害者の足元不注意に一方的にかぶせています。狼の礼儀作法の欠如に関しては不問です。こんな、化け物ばかりに都合のよい発想が、いかに被害者の社会的立場を弱くするか、考えてほしいものです。

おっと。つい興奮して、ひと昔前の山道に出たやつと、夜の盛り場に出るやつを、まぜこぜにしてしまいましたが、意味ないですね。失礼いたしました。

また。

2006年8月


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