005 ぼんやり画家

見えるものの形を借りて、見えないものをどれほど描けるか、ってのが、絵という表現のキモだったりします。だから、抽象画も、おばけ画も成立する。

日本のおばけ画は、多くが、すでに決まった形のおばけをいかに説得力をもって描き表すか、ってところに力入ってます。背景の作り方やディテールの表情のつけかたで、そのおばけにどれだけどう寄り添ったか、みたいなことを問う。つまり、制服の着こなしに個性を見る、みたいな遊びをしているわけです。

ところが、ぜんぜん違うやりかたもある。

オディロン・ルドンという19世紀おわりから20世紀はじめごろのフランスの画家がいます。この人のおばけやメタモルフォシスの絵の中には、形があんまりないのがずいぶんあります。形があるやつも、半分ぐらいは形態を見せているのだけど、あとは周囲の空気や闇にまぎれて、なにがなんだかわからない。ぼやっとしている。そこの暗がりになんかいるぞ、という感じになっている。まるで心霊写真です。しかしまあ、なんと表情豊かなぼんやりであることか。見えない部分のほうが面白いんです。飽きません。

MOMAは、この人のおばけ画を山のようにもっています。ちょっと前に展示をやってたのを見ました。飛行機乗ってわざわざおばけ見にニューヨークへ出かけただけでも馬鹿ですが、ぼんやりを凝視してたら、ちらりと動いて影の向こうにとんでもないものの姿が見えるんじゃないか、っていつまでもインクの染みの前で突っ立ってた私って大馬鹿です。

しかし、こういうのが楽しいんですね〜。当然、カタログ買いました。

時代も国も違う人ですけれど、こんなおじさんと話したら面白かっただろうなあ、会いたかったなあ、って、心から思う一人です。

また書きます。

2006年6月

追: ルドンは、花のパステル画もたくさん残しています。花のほうも、ぼんやりから生命の発する光があふれてくる。形態のはっきりしない絵ほど見るところがたくさんある。そういう人なんですね。


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